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2016年7月12日 (火)

永六輔さんが亡くなられました

久しぶりに更新する気になりました。

参議院議員選挙に隠れてしまいましたけれど、永六輔さんがお亡くなりになりました。
先日NHKのブラタモリで「知らない街角を曲がる、それも旅です。(永六輔です)」ってタモリさんが仰っていたのを聞いて、「永さん、どうされているんだろう」と思っていたところでした。

直接お目に掛かったことはありませんが、東京及び関東圏在住中に、TBSラジオで永さんのお声をよく聞きました。
「誰かとどこかで」というタイトルだったかな?
途中からは「土曜ワイド・ラジオ東京」という番組の中の一コーナーになったりしていましたが、かなり長く続いた(ごく最近まで?)番組でした。
その中の「7円の唄」というコーナーが好きで(聴取者からのハガキを、アシスタントの遠藤泰子さんが読んで、それに永さんが一言二言付け加えるといった構成の番組)週1回の放送を聞き逃さないようにしていたものです。

それから、かつて東京・新宿の朝日生命ホール(今はモード学園の変わった形のビルが建っていますが)で行なわれていた「朝日音楽サロン」。
主催は朝日新聞社で、いくつかあるプログラムの中に、永さんが司会をされて中村八大カルテット(たまにはクィンテット)が演奏をするという内容のものがありました。
抽選に当たると、嬉々として新宿まで出掛けて行ったものです(当時はまだ中学生でしたが(^^;)。
ゲストも素晴らしい方々(今から思えばですが。当時はよくわかっていなかった(^^;)ばかりで、私が行った回では、雪村いずみさん、北村英治さん、松本英彦さん等々。
永さんの司会も軽妙で、かつ大人の世界を感じさせてくれるもので、とても楽しいイベントでした。

そしてもう一つ。
永さん作詞で八大さん作曲の「生きているということは」という歌。

生きているということは
誰かに借りを作ること
生きていくということは
その借りを返していくこと


自分の人生を支えてくれた歌だと思います…。


2番の歌詞にこんなのがありました。

めぐり逢い 愛しあい やがて別れの日
その時に悔やまないように
今日を明日を生きよう


ご冥福を心からお祈り申し上げます。

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