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2021年4月 3日 (土)

ロミオとジュリエット 考

宝塚歌劇を観始めて半年。中々面白いものですね。

まさかこんなことになるとは、1年前は夢にも思っていなかった(笑)。

既に宝塚大劇場では花組の「アウグストゥス・Cool Beast!!!」が始まっていますが、遅ればせながら先月下旬に大劇場公演が終わった星組の「ロミオとジュリエット」を観て思ったことを書き留めておこうと思います。書いておかないとすぐに忘れるから(笑)。

ということで、宝塚の舞台を観ていない方には「なんのこっちゃ?」という記述が続きますが、今回は私的記録なので詳しく解説はしません。悪しからず。

「ロミオとジュリエット」という話しの内容はかなり昔(たぶん小学校高学年の頃)から知っていて、ずっとすっきりしなかったのです。

何が?って?

それは端的に言うならば「なんで死ななアカンの?」

若かりし頃も、それなりに歳を取ってからもそのもやもやは残ったままでした。それが今回の星組公演を観てすっきりしたかも。

宝塚版には「愛」と「死」という全く台詞がない、でも多くの場面に登場する役があります。死は時が経てば誰にでも訪れるもの。一方、愛は待っていても生まれないもの。ここが鍵だったのかな。

ことの始まりとなる仮面舞踏会のシーンは「死」のアクションからスタートします。「死」にはきっとこの先で起こることが見えていたのでしょう。愛月ひかるさんと天華えまさんが役替わりで演じられていた「死」は、表現の仕方に違いはあってもそのことを伝えていたのだと思います。

人間、若い時は自分が死ぬことについて考えることはあまり無いでしょう。私も一度だけでした。その一度は「遺書」を書いた時。

遺書を書いたといっても自殺を考えたわけではなくて、出掛ける場所がかなり危険なところ(転落したら確実に死ぬなというような場所)だったので。しかし、そんな動機で書き始めたものでも、死ぬということに対して正面から向き合ってみると本当に怖かった。自分の存在がこの世から消えてしまうのだということが怖かった。この年になるとあの頃の怖さは無くなってますけどね。だからきっと「死」の好物は若い死なのだと思います。それゆえ時には積極的に関与してくる(マントヴァでのシーンでありますよね)。

ロミオとジュリエット、マーキューシオとティボルトの死は避けられなかったのだと納得している自分がいます。うまくまとまりませんが、本日は以上!

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